こころの声はかく語りき

それは恋とか愛とかの類いではなくて。ただひたすらに君がすき

Narrative不完全メモ。神と悪魔と加藤シゲアキの話

 
って言ってたね私。
・・・・これはもしかしたら飛んでないかもしれません。しっかりと足が地についてます。圧倒的浮遊感の中で立ってますね。 
場所は雪の中。しかも結構な大雪。
真っ白な雪の上だし、何も見えない。自分を取り巻く世界が曖昧で混濁してるけど美しい。
視界が混濁してる中、羽ばたく残像が見える。
その残像というのはなんなのか。私は漂ってる素材だと思う。
無数の素材が漂ってる。どれも掴めそうで掴めない、まるでこの季節ではありえない蜃気楼のようにぼんやりと。
素材というのは創作の題材、つまりネタのようなもの。
素材はわざわざ探さなくても常にゴロゴロ転がってるし、漂ってる。それらの存在に気づくかどうかだけ。
 
ツイッターにも書いたんだけど、ここのパートは書くプロセスだと思う。
「漂う砂 拾い集め」
⇨砂みたいに繊細で、油断するとこぼれ落ちそうな素材を拾い集める。
「結ぶ針 紡いでく」
⇨拾い集めたバラバラの素材を丁寧に一つずつつなげる。
「滴る音 インクのカラー」
⇨筆を手に取る。
「舞い踊る letter」
⇨素材に命を吹き込むこと。
これらは本に限らず、歌詞や曲、すべてのものづくりにおいても欠かせないプロセスかもしれない。
加藤さんは魔法使いみたいだなぁってずっと言ってきたんだけど、それはそこら中にある素材に気づき、うまく拾いあげて、さらにその素材に命を吹き込むのがうまいから。植物だったり、自然現象だったり、床に落としてしまった氷だったり。形があるものからないものまで、拾い上げたすべての素材に命を吹き込んむことがうまい。もはやアンテナ張ってるレベルじゃなく、本能がそうしてるんじゃないかとすら思う。
 
「光の輪郭、夜空の色」
見えてはいるが、絶対に掴めない。まるで曖昧という言葉の代名詞のようなもの。
そもそも夜空の色って色じゃなくて、光なんだよね。
青空が青く見えるのは、波長の短い青い光が散乱していて、青い光が私たちの目に届いたから青空が青く見えるんですね。
夜空が何色かをくわしく説明すると宇宙の話からしなきゃいけないので割愛します。
ざっくりいうと、夜空が黒く見えるのは、太陽が我々のいる場所の反対側にいる夜は宇宙からの光がこなくて、私たちの目にも光が届かないから黒く見える。
つまり、夜空って色がないんですよ。
 
・・・・難しい。
 光の輪郭、夜空の色、全人類の上に君臨する全能の神、Lordならその答えがわかるのだろうか。
 
はい、出ましたね、Lord、神。
GodとLordの違いですか?実はそんなにはっきりとした違いがないんだよね。
強いて言うならLordはキリストのことを指す場合が多いかな。
私も加藤さんと同じキリスト教の学校出身だったから、馴染みがあるのはGodよりLordだし、Lord=キリストに違和感がなかった。
(もしかしてGodもLordも関係なく、加藤さんはただ韻を踏むためにLordを使っただけかもしれませんが。)
まあGodでもLordでもどっちでもいいです。
Narrativeに出てくるLordは別に神そのものを指してるわけじゃなく、神みたいに絶対的な力を持つ「何か」という意味だと思う。
 
Narrativeの中、「絶対的」を意味する表現は「Lord」の他にも、「予定調和」、「デウス・エクス・マキナ」が使われた。
予定調和は神があらかじめに定めた矛盾がなく、予測通りの結果。

デウス・エクス・マキナは演劇用語で、ざっくりいうと整合性より、都合のいいように物事を運んで、「決められた」結末に導いていく神のこと。

Narrativeにおいて、「絶対的」というのは「必ずしも正解とは限らないが、大多数の人々がなんとなく納得する結果、暗黙のルール」。マジョリティの集合体、つまり、世間を指してると私は思う。
なぜ「絶対的=世間」という解釈に至ったかはまた説明します。話がだいぶごっちゃになったので歌詞の気になる部分に戻ります。
 
「降り積もる黒滲む 混ざり合うライン」
白雪の上に降り積もる黒というのは黒い羽だと思う。
悪魔の象徴であるカラスの羽、つまり悪魔の羽。
何かを選択しなければいけないときや葛藤にしてるときに天使と悪魔のささやきってあるじゃん?その悪魔のことです、天使はもう天使じゃなくて、そのボス(?)である神なんだけど。
大多数の解釈だと悪魔は悪とされる存在だが、もしNarrativeに出てくる神は前述したように「絶対的」という意味だったら、それは「支配」という意味になるので、ものづくりにおいて神は逆に悪になるかもしれません。
なぜかというと、ものを生み出すというのは、「絶対的」に抗うことだから。だって、「正解」に支配されながら書いてもクソつまんないじゃん。
Narrativeの「予定調和じゃwack」という歌詞を見てください。wackはダサい、つまらないを意味するスラングだから、「予定調和じゃwack likeデウス・エクス・マキナ 」は「デウス・エクス・マキナ みたいにあらかじめ定められた結末じゃめっちゃダサいし、つまらない」という意味になる。
心なしかこのパートの加藤さんの歌い方もどこか反抗的に聞こえた。

加藤さんにとって書くことってもしかしたら神(世間)と悪魔(自分)との戦いかもしれません。
しかも、神が「悪」で、悪魔が「善」という立場。
ではなぜ神(世間)は悪で、悪魔(加藤さん自身)は善になるかを解釈していきます。
世間って、ある意味絶対的な力を持ってる。もちろん、絶対正しいとは限らないが、世間の声はマジョリティの声としてみなされるし、正解とされがち。「正解」に抗うと排除されることもある。
大多数の人々がなんとなく納得するもの、暗黙のルール、いわゆる世間の声、世論はある意味絶対的な力があり、凄まじく怖い。
 
ではNarrativeにおいて、世間によって正解とされるものとはなんなのか。それは「アイドルっぽさ」だ。
加藤さんはアイドルであり、作家。特殊な立場であるがゆえに「世間」のために書く、世間が「これならアイドルっぽい」ものを書くことが少なからず求められる。
それこそ性描写や暴力描写、もっといくと政治の話などもタブーとされる。
わかりやすいように私が今まで目にしたいわゆる世間の声をいくつかあげてみます。「アイドルだし女性ファンが多いから性描写はあまりにも無神経なんじゃない?」「アイドルなんだからファンの立場を揺るがすような政治的発言は避けるべき」などなど。
アイドルはファンの人生を影響してしまうほどのパワーがあるから、こういった敏感な話題は避けるべきだとされる。つまり、アイドルであり、作家でもある加藤さんは神(世間)が勝手に決めたルールに従って書くことが望ましいとされる風潮がある。
極端なことを言うと、「そして、お姫様は王子様といつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし」のような夢物語を書いとけばいいということになる。





そんなん白雪姫でも読んどけボケ !!!!!!!!!!!!
と世間にキレ散らかしたいのですが、
加藤さんは白雪姫を書かなかった。神(世間)より、悪魔(自分)の声に耳を傾けた。

傘をもたない蟻たちはが発売されたときに、性描写を取り入れた理由について、加藤さんはこう答えた。
避けるほうが作家業をやる上で不誠実だから。別に性描写が書きたかったというわけじゃなく、自分が書きたい物語にどうしても必要な措置だったという感じ、必要不可欠だった」。
ジャニーズだからタブーという「世間の声」より、タブーとされる描写は物語を築き上げるのに必要な装置だから書く、誠実であるためにという作家としての強い意志とプライドをもって世間に抗った。
何を隠そう、私はそういう加藤さんがばちくそ大好きなんです。
 
加藤シゲアキ、「絶対的」に屈しない、「神」にも媚びない。
あくまでも誠実に。その目で見たものをひたすらにとき放つ。
彼はもてあます初期衝動と熱量でこれからも物語を紡ぎ続けていくのだろう。


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